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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)9292号 判決

原告 保坂美弥子

右訴訟代理人弁護士 宗田親彦

阿部敏明

石川一郎

被告 大谷地所株式会社

右代表者代表取締役 大谷邦

右訴訟代理人弁護士 浜田正夫

主文

一  被告は原告に対し別紙物件目録記載二の建物を収去して別紙物件目録記載一の土地を明渡せ。

二  被告は原告に対し昭和六四年一月一日から前項の土地明渡し済みまで一か月金一七万二一七七円の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は原告勝訴部分に限り仮に失効することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

(一) 被告は原告に対し別紙物件目録記載二の建物を収去して別紙物件目録記載一の土地を明渡せ。

(二) 被告は原告に対し金七一万四七四三円及びこれに対する昭和六〇年八月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに昭和六〇年五月二五日から昭和六三年五月三一日まで一か月金九万五二三七円、同年六月一日から(一)の土地明渡し済みまで一か月金二二万一七一四円の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

原告と被告との間の別紙物件目録記載一の土地についての賃貸借契約における賃料は昭和六三年六月一日以降一か月金二二万一七一四円であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和三五年四月四日被告に対し別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)を次の約定により賃貸して引渡した。

目的 建物所有

賃料 一か月六万五六二四円(昭和五七年五月分以降)

賃料支払方法 毎月末日限り翌日分持参払

2  被告は本件土地に別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)を所有して本件土地を占有している。

3  本件土地の賃料は、以下のそれぞれの時点において、近隣の賃料の上昇及び公租公課の上昇により不相当となったので、原告は被告に対し次のとおり賃料増額の意思表示をした。

(一) 昭和五八年四月一五日

昭和五八年五月分から一か月七万二一八六円

(二) 昭和五九年五月

昭和五九年六月分から一か月七万六五一七円

(三) 昭和六〇年四月

昭和六〇年五月分から一か月九万五二三七円

4  被告には次のとおり信頼関係を破壊する行為があった。

(一) 被告は、何ら賃料を減額すべき理由がないにもかかわらず、昭和五八年六月分から従来の合意賃料より二万円減額した一か月四万五六二四円の賃料を送金するのみで、原告の請求する賃料の支払に応じない。

(二) 原告は、東京簡易裁判所に賃料増額請求の調停を申し立てたが、被告は賃料合意の努力をせず、期日を引延ばして不調に至らしめた。

5  そこで、原告は昭和六〇年五月一八日被告に対し、別紙賃料支払一覧表のとおり昭和五八年五月分から昭和六〇年五月分までの未払賃料八〇万五九九〇円を支払うべき旨催告するとともに、催告後一週間が経過したときは本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

6  被告は右催告にかかる昭和六〇年五月二四日の期限を徒過した。

7  昭和六三年六月一日当時の本件土地の賃料相当額は、一か月二二万一七一四円である。

8  よって、原告は被告に対し賃貸借契約の終了に基づき本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求め、かつ、昭和五八年六月から契約の終了した昭和六〇年五月二四日までの未払賃料合計七一万四七四三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年八月一六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金並びに昭和六〇年五月二五日から昭和六三年五月三一日まで一か月九万五二三七円、同年六月一日から本件土地の明渡し済みまで一か月二二万一七一四円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

9  仮に前記契約解除が効力を生じていないとすれば、原告は予備的に本件土地の賃料が昭和六三年六月一日以降一か月二二万一七一四円であることの確認を求める。すなわち、右時点において、従前の賃料(一か月九万五二三七円)は、近隣の賃料の上昇及び公租公課の上昇により不相当となったので、原告は昭和六三年五月二四日被告に対し、賃料を昭和六三年六月分から一か月二二万一七一四円に増額する旨の意思表示をした。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1及び2は認める。

2  請求原因3のうち、原告から賃料増額の意思表示があったことは認め、その余は否認する。

3  請求原因4(一)は認める。同4(二)のうち、調停が不調になったことは認め、その余は否認する。

4  請求原因5は認める。

5  請求原因7は否認する。

6  請求原因9のうち、原告から賃料増額の意思表示があったことは認め、その余は否認する。

三  抗弁

1  原告が昭和五八年四月一五日に賃料増額の意思表示をしたのに対し被告は同年四月二五日これを拒否し、賃料増額について原、被告間に係争関係が生じたため、原告が同年五月分賃料を受領しないことは明らかであった。そこで、被告は同年五月二日同年五月分の賃料六万五六二四円を供託した。

2  本件土地に隣接する原告所有の借地上の非堅固建物が堅固建物に建替えられた結果、本件建物内の三室が全面的に日照を妨げられ、被告は右三室の貸室契約の解約或は賃料引下げを余儀なくされた。これに反し、原告は右建物建替えに際し、借地人から千数百万円の承諾料を取得した。これにより、従前の賃料は不相当となったので、被告は原告に対し昭和五八年五月九日、賃料を同年六月分から一か月四万五六二四円に減額する旨の意思表示をした。

3  被告は原告に対し別紙未払賃料及び損害金計算書の(一)未払賃料記載のとおり、昭和五八年六月分から昭和六〇年五月分まで一か月四万五六二四円の割合による賃料を弁済した。

4  被告は原告に対し別紙未払賃料及び損害金計算書の(二)損害金記載のとおり、昭和六〇年六月分から昭和六二年八月分まで一か月四万五六二四円、昭和六二年九月分から昭和六三年一二月分まで一か月一四万九九〇七円の割合による賃料を弁済した。

5  被告は原告に対し昭和六二年九月二九日、未払賃料として二三一万一三八九円を弁済した。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁1のうち、原告が昭和五八年四月一五日賃料を増額する旨の意思表示をしたこと、被告が同年四月二五日これを拒否したこと、被告が同年五月二日に同年五月分の賃料六万五六二四円を供託したことは認め、その余は否認する。

2  抗弁2のうち賃料が不相当になったとの点は否認する。

3  抗弁3ないし5は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  原告主張の賃料増額請求の当否について判断する。

1  原告が昭和五八年四月一五日被告に対し賃料を同年五月分から一か月七万二一八六円に増額する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によると、本件土地についての公租公課は、昭和五七年度には二九万六五九一円であったのに対し、昭和五八年度には三四万六四七四円となり、約一六・八パーセント上昇していることが認められ、昭和五八年四月の時点において従来の賃料(一か月六万五六二四円)は不相当となったものと認めることができる。

そこで昭和五八年四月の時点における相当賃料について検討するに、前掲甲第一号証(不動産鑑定士開修作成の不動産鑑定評価書)によると、差額賃料方式、利回り賃料方式、スライド賃料方式を総合勘案すれば昭和五八年四月一日現在の本件土地の相当賃料額は一か月七万四〇〇〇円であるというのであり、右鑑定評価書の見解は信頼することができるから、昭和五八年四月の時点における本件土地の相当賃料額は一か月七万四〇〇〇円と認めるのが相当である。ところが原告は一か月七万二一八六円に増額する旨の意思表示をしているのであるから、本件土地の賃料は昭和五八年五月分から一か月七万二一八六円に増額されたものというべきである。

2  原告が昭和五九年五月被告に対し賃料を同年六月分から一か月七万六五一七円に増額する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

しかし、本件全証拠によっても、近隣の賃料の上昇及び公租公課の上昇によって従前の賃料(一か月七万二一八六円)が不相当となったことを認めるに足りない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、昭和五九年六月分以降の賃料増額請求は理由がない。

3  原告が昭和六〇年四月被告に対し賃料を同年五月分から一か月九万五二三七円に増額する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によると、本件土地についての公租公課は、昭和五八年度には三四万六四七四円であったのに対し、昭和六〇年度には四三万四六二六円となり、約二五・四パーセント上昇していることが認められ、昭和六〇年四月の時点において従来の賃料(一か月七万二一八六円)は不相当となったものと認めることができる。

そこで昭和六〇年四月の時点における相当賃料について検討するに、前掲甲第一号証によると、差額賃料方式、利回り賃料方式、スライド賃料方式を総合勘案すれば昭和六〇年四月一日現在の本件土地の相当賃料額は一か月一〇万二〇〇〇円であるというのであり、右鑑定評価書の見解は信頼することができるから、昭和六〇年四月の時点における本件土地の相当賃料額は一か月一〇万二〇〇〇円と認めるのが相当である。ところが原告は一か月九万五二三七円に増額する旨の意思表示をしているのであるから、本件土地の賃料は昭和六〇年五月分から一か月九万五二三七円に増額されたものというべきである。

三  請求原因5の事実は当事者間に争いがない。

四  抗弁1の供託の主張について判断するに、原告が昭和五八年四月一五日賃料増額の意思表示をしたのに対し被告がこれを拒否し同年五月二日に同年五月分賃料六万五六二四円を供託したことは当事者間に争いがないが、本件全証拠によっても、被告が右賃料を提供しても原告においてこれを受領しないことが明らかであったと認めることはできない。したがって、右抗弁は理由がない。

五  被告は、賃料減額の事由があるとして賃料減額の意思表示をしたうえ減額した賃料を支払ったと主張する(抗弁2、3)。そして、抗弁2のうち被告が昭和五八年五月九日その主張のように賃料減額請求をしたことについては、原告は明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。また抗弁3のように被告が昭和五八年六月分以降減額した賃料を支払ったことは、当事者間に争いがない。

しかし、賃料減額請求がされた場合、当事者間に協議が調わないときは、減額を正当とする裁判が確定するまでは賃貸人は相当と認める賃料を請求することができるのであるから(借地法一二条三項)、賃借人は、自己の減額請求にかかる賃料額を相当であると考えても、その額を支払うことによって賃料債務を免れることはできず、反面、少なくとも従前の賃料額を支払っていれば債務不履行の責めを免れることができるのである。このことは、本件のように賃貸人である原告が賃料増額請求をし、これに対して賃借人である被告が減額の事由があるとして賃料減額の請求をした場合においても同様である。

《証拠省略》によると、本件土地の西側に隣接する原告所有の土地上に、同土地の賃借人が二階建建物を建替えて六階建建物を建築したため、本件建物内の三室の採光に悪影響を生じたことが認められるけれども、右認定の事実によっても、昭和五八年五月当時被告が右三室の貸室契約の解約又は賃料引下げを余儀なくされて経済的損失を被り、引いてそれが原告に対する本件土地の賃料減額請求の正当な理由を構成するに至ったと認めるには足らない。したがって、原告が従前の賃料額を維持してそれ以上の額の賃料を請求する限りにおいて、従前の賃料額が、賃貸人が相当と認める賃料の最下限をなすものであることは否定できない。

いずれにしても、被告は少なくとも従前の賃料額を支払わなければ債務不履行の責を負うべきものである。ところが、被告は一方的に減額した賃料の支払を続けたもので、しかもその額は四万五六二四円で、従前の賃料額六万五六二四円の約三分の一にも当たる二万円を減額したものであって、とうてい賃料債務の履行があったと認めることができないものである。

そうすると、被告は本件土地の賃料につき原告の催告にかかる期限である昭和六〇年五月二五日(原告は昭和六〇年五月二四日であると主張するが、採用できない。)までに債務の本旨に従った履行をしなかったというほかなく、原告のした解除は有効である。したがって、原告の本訴請求のうち建物収去土地明渡しを求める部分は理由がある。

六  昭和六三年六月一日の時点における本件土地の相当賃料額について検討する。

1  前掲甲第一号証によると、差額賃料方式、利回り賃料方式、スライド賃料方式を総合勘案すれば昭和六二年四月一日現在の本件土地の相当賃料額は一か月一五万二七〇〇円であるというのであり、右鑑定評価書の見解は信頼することができる。他方、成立に争いのない乙第二号証(不動産鑑定士野田重康作成の不動産鑑定評価書)によると、利回り賃料方式、スライド賃料方式、賃貸事例比較方式を総合勘案すれば昭和六二年四月二四日現在の本件土地の相当賃料額は一か月一四万九九〇七円であるというのであり、右鑑定評価書の見解は信頼することができる。右両鑑定評価書における相当賃料額には二七九三円の差があるが、相当賃料額の評価、判定という作業は、数式の単純な計算によって画一的に一個の数値に達するという性質のものではなく、期待利回り率の評価、更地価格の評価等の基礎的数字の決定及び最終的判断において裁量的要素が働く性質のものであるから、鑑定人が異なれば鑑定の結果にある程度の差が生ずることはやむを得ないところである。このような点に鑑みると、本件における右両鑑定評価書間の差は合理的範囲内にあるものとみるべきであり、その結論に差があることからいずれかの鑑定評価書の結論を信頼性において劣るものということはできない。そうすると、ほかに決め手となるべき資料も見当たらない本件においては、本件土地についての昭和六二年四月現在の賃料相当額は、右二つの鑑定評価額の平均値によるのが相当であり、その額は一か月一五万一三〇三円(円位未満切捨)となる。

2  《証拠省略》によると、本件土地の公租公課は昭和六二年度には七四万五五〇一円であるのに対し昭和六三年度には八五万七三二七円であり、約一五パーセント上昇していることが認められる。したがって、本件土地の賃料相当額は、昭和六三年六月一日の時点において右1の額では不相当になったというべきである。

そこで、右の時点における賃料相当額について検討する。

従前の額一五万一三〇三円に、前掲乙第二号証が採用した方式の一つであるスライド式の手法により東京区部家賃指数とスライドさせた額を求めると、総務庁統計局調査部発表の消費者物価指数が昭和六二年四月において一〇四・六、昭和六三年六月において一〇六・五であることは当裁判所に顕著であるから、次の数式により一六万二二四一円(円位未満切捨)となる。

①  昭和62年4月時点の賃料相当年額

151,303×12=1,815,636

②  昭和62年4月現在の純賃料

1,815,636-745,501(昭和62年度の公租公課)=1,070,135

③  昭和63年6月現在の純賃料

1,070,135×106.5/104.6=1,089,573.3

④  昭和63年6月時点の年額賃料

1,089,573.3+857,327(昭和63年度の公租公課)=1,946,900.3

⑤  昭和63年6月時点の月額賃料

1,946,900.3÷12=162,241.6

また、右乙第二号証の鑑定評価額一四万九九〇七円は公租公課の月額分六万二一二五円の二・四一倍に当たることは右乙号証の記載及び計算上明らかである。そこで前記昭和六三年度分の公租公課八五万七三二七円の月額分七万一四四三円につきその二・四一倍の金額を求めると、一七万二一七七円(円位未満切捨)になる。乙第二号証においては、スライド式によって求めた金額は低めになっており、その額が直ちに実態を反映したものではないとみられることからすると、本件土地の昭和六三年六月一日の時点における賃料相当額は右の一七万二一七七円を下るものではないと認めるのが相当である。

なお、前掲甲第一号証は、昭和六二年一一月一日の時点における本件土地の相当賃料額を一か月一七万二五六〇円と評価しているが、右は、さきにみたように昭和六二年四月一日の時点における相当賃料額を一か月一五万二七〇〇円と鑑定したうえで、更に同じ年の七か月後の時点における相当賃料額として鑑定評価されているのであって、計数的に右のような評価額の算定が可能であるにしても、継続賃料の実際として同じ年の七か月後の増額を認めることは相当でないので、右の価額は採用することができない。そこで、甲第一号証の右の部分は昭和六三年六月一日の時点における賃料相当額の基礎として考慮しないこととする。

七  未払賃料及び賃料相当損害金の請求について判断する。

抗弁3ないし5は争いがないから、被告は原告に対し、昭和五八年六月分から昭和六〇年五月分までの賃料として合計一一一万四九七六円、昭和六〇年六月分から昭和六三年一二月分までの賃料として合計三六三万〇三六〇円を支払ったほか、昭和六二年九月二九日に未払賃料として二三一万一三八九円を支払ったものである。

本件土地の賃料は、さきに判断したとおり、昭和五八年五月分から昭和六〇年四月分までは一か月七万二一八六円、昭和六〇年五月分から昭和六三年五月分までは一か月九万五二三七円、昭和六三年六月分以降は一七万二一七七円が相当であるから、別紙未払賃料及び損害金計算書の(三)未払賃料及び損害金合計額記載のとおり、昭和六三年一二月分までの未払賃料及び損害金は全額支払済みとなっている。

右事実によれば、原告の金員支払請求のうち昭和六四年一月一日から本件土地明渡し済みまで一か月一七万二一七七円の割合による賃料相当損害金の支払を求める部分は理由があるが、その余は失当である。

八  以上の次第で、原告の本訴請求は、本件建物を収去して本件土地の明渡しを求め、昭和六四年一月一日から右明渡し済みまで一か月一七万二一七七円の割合による賃料相当損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容すべきであるが、その余は理由がないから棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新村正人)

〈以下省略〉

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